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秋めいてきましたね。

こんばんは櫻井アンナです。
9月に入ってもなかなか気温が下がらなかったのに、急激に涼しくなってきましたね(^^;
これで蒸し暑い季節からしばらく開放されそうですが、今度は乾燥の季節が程なくしてやってきますので、今夜は私が愛用している肌にやさしい石鹸のご紹介をしていきたいと思います。(この石鹸目に入ってもほとんどしみないんですよ!!)

もともと乾燥肌で肌の潤いをとり過ぎると、皮膚がカサついてしまうので、洗顔料ジプシーをしていたのですが、たまたま出会った弱酸性の石鹸「セバメド ウォッシングバー 100g」がとても優秀で10年以上愛用しております。

外箱はこの様な感じ↓

中身は薄緑

メイクも洗顔料で落とせる軽い物しか使用していないので、これだけでするっと落とせます❤
こちらと同じシリーズでベビーソープもあるのですが、香りはそちらの方が好きかな(^^;
化粧水や保湿用のオイルなどは、自分に合う配合で作っているので、また後日ご紹介致しますね(^^)

夏にイベントで、基礎化粧品等は何を使っているのかとご質問いただいていたので乾燥する季節の前にブログでご紹介させていただきました♪
それでは皆さま一年で一番過ごしやすい秋を有意義にお過ごし下さいませ✨

あなたはどちら派? 精神論 vs 効率論

ごきげんよう。六弦A助です。
こんなネット記事を見ました。

「若い頃の苦労は買ってでもすべき」に反論 「ただの精神論」との声も
(リンク先:ニコニコニュース)

要約すると、“若い間に苦労はしておくべきなのか?” という問いに対して「年配者がいう苦労のほとんどは精神論だから役に立たない」「別に買ってまで苦労しなくても、もっと効率的に考えられるでしょ」という否定的な意見も目立つ中、統計的には意見がだいたい半分に割れたそうです。

個人的な意見を述べるとすれば、私は賛成派(しておくべき)です。

確かに苦労のほとんどが精神論ではあるのですが、何かをやりきる時ってだいたい最後は精神論だったりするんですよね。
で、そこへ至るまでの道のりをどうやって乗り切るかを考える段階になって、初めて効率を考えるのですね。
しかし初めから苦労を軽視して作業効率のことばかりを考えていると、いざという時にやりきれず、難しい問題に直面したときに途中で諦めてしまうような体質になるかもしれません。
ここで最後まで諦めずにやりきれるかどうかは、完全に精神論なのです。
突進力とでも言いましょうか。
ゆえに私は “若い間に苦労はしておくべきなのか?” 問題については、賛成派です。

ただし「自分は若いときにこれだけ苦労したからあなたも同じだけの苦労をしなさいよ」 と考えている迷惑な人は滅びればいいとも思っています。

探求と愛着

 

皆様こんばんは櫻井アンナです。
今夜は人との違いについて気がついた事をお話して参ります。
私は性質的に凝り性で、欲しいものがある時なんかは気に入った物を見つけるまでは延々とネットサーフィンや靴の底をすり減らす勢いでお店を巡ってお目当ての品物を探したりするタイプだったりするのですが、先日知人と話していたところ、

知人「え~探すのめんどくさいから、その辺りのもので適当に間に合わせるよ?」

という返答が帰ってきました。

櫻井「探すのって結構楽しいし、適当に買ったものって、すぐ使わなくなったり無くしたりしない?」
※何故か私、適当に買ったものはすぐに無くす傾向にあるのです。

知人「だってそれじゃないと死ぬわけじゃないし~無くなったらまた買えば良いじゃない?
それにそんなに遠くまで行く意味がわからないよ。」
※知人は基本市内から出ることは無く、職場も同市内なのだという。

私は今まで多くの物の中から自分が捜し求める形に一番近いものを選ぶのが、とても楽しいものだと思っていましたし、どうしてもその形にそぐわない場合は、作れるものは作っていました。
しかし知人はそんな私とは真逆の考えの持ち主でしたが、ある意味それはそれで幸せなのかもしれないな~と思ったり。
私は自分が納得いくまで探したい人なので、もし見つからなかったらイライラしますし、妥協したらしたで悶々とした日々を送るので、どうにかならないものかしら??と思うことも多いのです。

もしも私がすぐに見つかる物で満足している人物だったら、本来物を探したり見たりする時間を何に使っていたんだろうと少し興味があります。
まぁそれはそれで、私では無い気がしますが…。
量子力学の分野には人の選択肢の数だけ別の世界が生まれる(パラレルワールド)という話がありますが、違う世界のまた別の価値観の自分に会ったらどんな話をするのか聞いてみたいものです。

 

飲食店を潰すフリーター達がいなくならない理由

こんにちは。六弦A助です。

ここ最近ニュースなどで頻繁に目にする「飲食店を潰すフリーター達」による騒ぎについて、個人的に思うことを書いて参りたいと思います。

この件について、様々な方々が「どうすればこういった問題を未然に防ぐことができるのか」について語っておられますが、私は「そもそも無くならない」という結論が前提です。
ではなぜ無くならないのかについて、お話しして参りましょう。

まず彼らに共通して言えることは、「今という瞬間」をただ仲間と共有し、絆を確かめ合っているに過ぎない、ということです。
そしてそれが悪いことであればあるほど絆の深さも強まります。
昔、街のそこら中にいた不良とやっていることは同じです。
まあ簡単に言えば「今という瞬間」を生きている、ということです。

そして彼らは「今という瞬間」がこれからも当たり前のように続くと信じていますから、思いのままに「今」を消費するのです。

 


「今という瞬間」が明日もやってくると信じる心理


さて、この心理について。
ここだけを切り取ると、何やら多数派を占める思考だとは思いませんか?

例えば、誰かと食事をしている最中に突然「もしも自分の寿命があと一時間だとしたらどうしよう」なんて考えて慌て始める人はほとんどいないでしょう。
つまり、大多数の人が「明日は当たり前のようにやってくる」と無意識に信じているのです。
これは至って自然で、そもそも人は何かを続けたくて生きているから当然なのです。

しかしよく考えてみると、未来のことなんて不確定きわまりないのに「これまでもそうだったから」という理由だけで確たる根拠もなく、多くの人が「今という瞬間」を消費しているのです。
つまり、過去でも未来でもない「今」を最も重視しているとも言えます。
これ、実はソシャゲのガチャ課金の本質とも置き換えられます。

多くの人は「今という瞬間」を最も重視しているというお話しを先ほどしました。
例えばガチャ課金で目当てのキャラが引けたあと、どうやってそのキャラを育成して行くかを考える時間よりも、目当てのキャラを引けた瞬間が最もドキドキしませんか?
この最もドキドキする瞬間にマネタイズポイントを置いたのが、いわゆるソシャゲのガチャ課金なのです。
式にするとこんな感じです。


キャラ当確後の育成(ゲーム性) < キャラ当確の瞬間
(※ドキドキ度)


 

ソシャゲのWeb広告で私が見た「よく本質を表しているなと感じたコピー」に、このようなものがありました。

10連ガチャが引き放題!!

もはやそのゲームの面白さを紹介する気すらない、ある種の潔さすら感じさせるクリック目的の広告です。
つまり、ここで言いたいのは如何に人が刹那的なものに魅力を感じやすいかということです。
この刹那的な魅力が強ければ強いほど人を惹き付けますので、「飲食店を潰すフリーター達」はいなくならない、と私は思うのです。
加えてここに背徳感という強い魔力も付加されますから、根絶やしにするのは不可能に近いと言ってもよいでしょう。
ついでに同じ理由で浮気もなくならないと思います。
私はやったことありませんが。

どうしても根絶やしにしたいなら、飲食店の問題に限って言えばインターネットのない世界に戻るしかないような気もします。